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INTERVIEW vol.4

社員対談:公認会計士の資格を持つ執行役員・佐藤照昭 × 外資系戦略コンサルファーム出身の執行役員・辻井樹
“企業力を超える人材”を紹介するリージョンズは、自らも“企業力を超える人材”の力で成長を推進

『一人の優秀な人間が入れば、会社は変わる』。これはリージョンズが提供するサービスの根底にある考え方です。そんなリージョンズも、自らの中に“企業力を超える人材”を迎え入れて成長を実現してきました。“企業力を超える人材”とはどのような人材で、いかにして会社を変えていくのか。大手監査法人出身で公認会計士の資格を持つ佐藤と、外資系戦略コンサルティングファーム出身の辻井に、安住の地を離れリージョンズに転職した理由から、仕事のやりがい、今後の目標までを語ってもらいました。
※取材日 2017年12月28日

佐藤 照昭

執行役員 北関東カンパニー長
2009年11月入社

公認会計士。監査法人にて3年7か月を過ごした後、縁もゆかりもない北海道へIターン。リージョンズ北海道本社にて管理部門全般を担当。またコンサルタントとして転職支援に従事。現在は北関東カンパニー長

辻井 樹

執行役員 経営企画担当 キャリアコンサルタント
2013年8月入社

一級建築士。大手鉄鋼メーカーの不動産部門で商品企画やプロジェクトマネジメントに従事した後、外資系コンサルティングファームへ転職。戦略コンサルタントとして様々なテーマのコンサルティングに従事する。2013年、生まれ故郷の札幌へUターン。

若くして取得した難関資格、誰もが名を知る大手企業への就職。
東京でバリバリ仕事をしていた頃

佐藤: 私は神奈川県横浜市生まれです。地元の小中高を卒業し、大学は神奈川大学へと進みました。家から一番近い大学でした。そして大学3年生の時に公認会計士試験に合格しました。

辻井: 確か佐藤さんは日本の公認会計士の歴史の中で、最年少に近い試験合格者でしたよね?

佐藤: 最年少ではありませんが、実質的には最年少学年でした。資格を取ると大学に在籍しながら監査法人で働くことができました。パート社員のような形です。当時4大監査法人の一つで働くことになりましたが、私が入社しようとした監査法人は当時粉飾決算に関する問題の渦中にありまして…。ただそういう事件があったからこそ会社が変われるのでは?と思いお世話になることを決め、大学卒業後もそちらに勤めました。ところがその年の6月。入社して3か月して会社が解散。その後は、京都監査法人というところに勤めることになりました。本社が京都でその東京オフィスでした。結局監査法人には大学時代も含めて3年7か月働きました。

辻井: 佐藤さんはなぜ公認会計士を目指したのでしたっけ?

佐藤: もともと私は自らを恃むところがありました。ところが大学は実家近くの神奈川大学へ進学。「このままではまずい!自分で自分に示すものをもたないと」という焦りがあり、公認会計士を目指しました。目指す対象が公認会計士だったのは、親が元々自営業をしていて経営に興味があったことと、その分野の最高峰の資格・職種は何かと考えた時に公認会計士だなと思ったこと。辻井さんは札幌出身でしたよね?

辻井: はい、生まれはリージョンズからすぐ近くの病院です(笑)。道内の国立大学附属の小学校・中学校に通い、高校は札幌北高校へ。子供の頃は建築家になりたくて建築学科がある大学を探し、深く考えずに家の近くの北海道大学へ進学しました。入学した時は意匠設計ができる会社に就職したいと思っていましたが、学生時代に、設計事務所ではなくメーカーなどの大手企業に就職したいと思うようになり、大手製鋼メーカーの建築部門に興味を持ち、そこで8年間ほど仕事をしました。

佐藤: そちらではどんな仕事をしていたんですか?

辻井: 鉄鋼メーカーというのは広大な土地を持っています。それらの土地や、新たに投資して買った土地建物の運用、土地の開発による価値の付加、そして売却など、不動産事業で商品企画やプロジェクト推進を主に担当していました。ちなみに25歳の時に一級建築士の資格も取得しましたが、今やペーパーですね(笑)。

佐藤: 東京の大学に行く選択肢はありませんでしたか?

辻井: 一応考えましたよ。でもあまり深く考えず。学費が安いし、地元だから北大を受ける友達もたくさんいたし。それで北海道大学へ入学しました。

佐藤: 刹那的に生きていたんですね。

辻井: 今も刹那的かも(笑)。 東京で8年間働いた頃にリーマンショックがありました。不動産部門が撤退することになり親会社へ吸収合併。そもそも大企業だと自分が思う様に成長出来ない思いがあったことと、鉄鋼やエンジニアリング分野の仕事には興味がなかったことなどから、「自分自身を鍛えられる環境」で働くことに決め、どこよりも厳しそうなボストンコンサルティンググループへ転職し、3年弱働きました。

ふたりはいかにしてリージョンズに出会い、転職を決めたのか。そこにはまさかのドタバタが…

辻井: ところで佐藤さんは前職を辞めた後、リージョンズをどうやって知ったのですか?

佐藤: リクナビネクストで知りました。

辻井: なんと(爆笑)

佐藤: 転職理由は、経営に近いところでやってみたかったということがあります。公認会計士の仕事も充実していましたが、年度が終わった後、クライアントにとっては既に過去になっていることについてやり取りをするわけで、会社の未来を作り上げている感じがない。自分は将来経営に近いところでやりたいと思っているのに、監査法人での経験はその近道にはならないと気付きました。

辻井: 自分で事業を立ち上げるという選択肢はありませんでしたか?

佐藤: 考えたけどやりませんでした。いま思うと自信のなさですかね。営業の経験もなかったですし。監査法人というのは特殊な業界なので、一般の社会に出た時に通用するのかということにも確信がもてなかった。そんなこんなでそのタイミングでの起業は諦めました。

辻井: それでリクナビネクストを見ていたのですね(笑) リージョンズに興味を持った理由はありました?

佐藤: 大きな広告枠の中に一つだけ、すごく小さい、名前を聞いたこともない会社がありました。北海道で2人だけの会社が、名だたる企業に並んで広告をだしていて。なんだか面白そうな会社だなと。それで応募をしました。

辻井: それまでの佐藤さんのキャリアから考えると極端な選択ですよね。事業内容に興味を持ったのですか?

佐藤: そうではないかも。自分で起業をしたかったくらいなので、事業内容よりも成長の過程にある会社に興味がありましたね。会社を大きくする感じを味わいたかった。また自分の中には『普通』でいたくないという気持ちがあります。監査法人を辞めて上場企業の経理へというコースはあまりに普通すぎる。だから敢えて営業、敢えてベンチャー、敢えて北海道という選択をしました。

辻井: いいですね、普通でいたくないって。佐藤さんらしい。僕の場合は一人っ子で親が札幌ということがありました。親も高齢で、その近くに住むことが親孝行になるかなと思って。ちょうど子どもが生まれて親の気持ちが分かり始め、親が入院することもあって。それで自分が札幌に帰ろうと。その上でのリージョンズでした。Googleで「札幌・転職」って調べたら上から4番目くらいに出てきたんです(笑)。「なんだこの会社は?」と思い、転職希望者として登録。それが2012年末~2013年頭くらいのことです。

佐藤: 外資系のコンサルティングファームの次のキャリアとしては、珍しい選択ですよね?

辻井: そうですね。当時働いていた会社のポストコンサルのキャリアとしては、同業他社、有名な事業会社の幹部ポジション、そしてベンチャー、大学の先生、公務員など。当時の同僚のほとんどは、現在は「誰もが知る有名企業」の経営幹部として転職し、何百人という組織のマネジメントをしている人もいます。一方で、私が転職した時のリージョンズはわずか12人の会社。周りから「おまえ大丈夫か?」と言われましたよ。私はこの会社を社会的に価値ある、そしてできれば有名な会社にして、社会貢献や存在感という意味で、大手企業で活躍している当時の同僚に追いつきたい。そこに面白さを求めて入社した部分があります。

佐藤: 最初は転職希望者として登録していましたよね。それがここに就職となった。

辻井: 担当のキャリアコンサルタントから、札幌にはあなたが満足するような会社はないと言われました。それでリージョンズのホームページをいろいろ見ていたら、そこで見つけたのが社長の高岡のブログ。なんで社長はラーメンのことばっかり書いているんだろうと思いつつ、どこかで「この社長の会社は面白そう」という思いを感じ取りました。(笑)

佐藤: 高岡の魅力にひかれた?

辻井: 高岡個人の魅力もあるけれど、そういう人が経営して、面白そうな人、優秀な人が集まっている会社だということに気づきました。この会社は何か面白そうなことができそうだし、北海道でブレークスルーするかもしれないなと。そこで「御社に興味があります」とキャリアコンサルタントの方に伝えて、面接してもらいました。

佐藤: 3回目の面接で、私も辻井さんに会いましたよね。

辻井: そうでしたね。それが2013年5月くらい。その後に3週間くらい連絡がなくて。忘れかけていたころ、歯医者で治療をしていたときに電話が鳴って、高岡から「僕らの仲間になってほしいと思っているんだけど…」と。その場で「行きます!」と即答しました。佐藤さんが入社したのは…?

佐藤: 私が入社したのは2009年11月でしたが、実は最初は採用NGでした。

辻井: えっ、そうだったんですか??

佐藤: 「今じゃない」と言われて。こっちは失業中でやばいのに(笑) それから少しして「やっぱり採用する」という連絡がありました。

辻井: やっぱり、って(笑)

佐藤: あとでわかったのですが、当時経理を担当していた海野が妊娠したんです。私自身は営業希望でしたが、とりあえず彼女が産休育休から復帰するまで経理を含む管理部門全般の担当という話になりました。彼女が戻ってきてから営業。高岡の頭の中でそれでやり繰りがついたんだと思います。

それぞれの入社後の日々。拠点の立ち上げ、事業承継のサポートから、北海道庁からの受託事業、人事制度設計まで

辻井: 入社してからモチベーションが下がることなかったですか?

佐藤: いや、なかったですね。なぜかと考えると変化が激しかったので、日々状況が変わっていくことに面白みを感じていました。経理担当の時には会社が資金ショートをしそうになって「どうするんだ」ということもあったし、経理が戻ってきてからは念願の営業担当になりました。東北に進出したころからだんだん会社も変わってきて。そうこう言っている間に1年間で売上が4倍になった年もありました。

辻井: そして2012年4月から宇都宮でしたよね。

佐藤: はい。会社としてはまず福島に進出しました。震災があり福島を出て、隣県の宮城と栃木から挟んで福島をサポートしていくことになりました。それで仙台と宇都宮に拠点ができました。私が札幌から宇都宮に合流したのはその頃。辻井さんは入社後どのように過ごしていましたか?

辻井: 入社してからは一兵卒でしたね。電話がけやスカウトメール発送、その返信対応や候補者との面談という日々。35歳で営業経験がゼロだったので正直つらかった。気晴らしに会社のデーターベースから過去の実績をダウンロードして分析していました。誰にも頼まれていないけど勝手にやったんですよね(笑) 営業的には初年度は達成できず。2年目は営業に加えて本来の業務外のことにも取り組みました。例えば会社がもっとよくなるための進言。経営ボードに議論のネタを提供していました。ただメインの仕事は営業とキャリアコンサルティング。会社の中で認められるには営業成果を残すしかない。だから2年目の2014年は目標数字を達成できなかったけど、とにかくたくさん働きました。毎日深夜1時くらいまで。おそらくその頃が一番働いていましたね。毎日パソコン打ちながら寝てパソコンを抱っこして起きるという毎日。ちなみにやらされていたわけじゃなく、自分で好んでやっていたんですよ(笑)

佐藤: 連日おかしな時間にメールが飛んできていましたよね(笑) 有名コンサルファームから来て、慣れない営業で必死に働いても目標達成ができず、挫折感はなかったですか?

辻井: ないといえば嘘になりますが、それでもやり続けたのは負けず嫌いだから。実際、生粋の営業マンばかりのリージョンズの仲間には、負けて当たり前なんですよね。まだ入ったばかりだったし、営業したことなかったし。けど、前職の同僚にはいずれ勝ちたい。そういう気持ちが強かった。そのための第一歩はこの会社の中で認められること。3年計画くらいで考えていて、2年目からは営業目標を達成できました。

佐藤: 目標達成した時は嬉しかったですよね?

辻井: それがそんなに(笑) 仕事への感情がないというので周りの人によく攻められるんです(笑) 2016年は会社のトップセールスになりました。創業以来のギネスの数字。私の仕事というより、社内ではパートナーと呼ばれる営業アシスタントの方がすごく支えてくれたおかげです。この年に自分は北海道庁からの受託事業の仕事に関わったり、会社の人事制度を整備したりということにも取り組みました。佐藤さんは早くから事業承継の問題にも取り組んでいましたよね?

佐藤: 地域の企業の経営者は、6割~7割が70歳以上。後継者問題はどの会社も困っています。そのうち半分くらいは息子が後継者になるのですが、残りは後継者自体がいなくて困っている。そこに人材紹介として関われるのではと考えました。はじめは会計事務所と提携して進めようと考え、経理担当の時から会計事務所周りをはじめたのですが、会計事務所経由の案件はあまりなく。普段の営業の中でそういうニーズを見つけていきました。後継者を見つけるということだけでなく、息子など後継者の右腕や左腕を探すのはリージョンズとして得意な領域だと思います。

辻井: 具体的にどういう話がありましたか?

佐藤: そうですね、一つあげると、栃木県で事業を展開しているグループ会社があります。社長は70歳くらいで、後継者の息子は40歳くらい。事業承継をうまく進めるためのパイプ役として経験豊富な50代後半の方を紹介したケースがあります。

辻井: 私は営業の仕事に加えて、人事制度設計などリージョンズ自体の経営課題にも取り組んできました。最初は全社研修のコーディネート。全員集まって勉強会をしたり、テーマを決めて会社に必要な意思決定をしたり。経営の数字回りの分析もしました。先程少し触れたように北海道道庁からの受託事業も受注しました。道が主催するU・Iターン事業でしたが、この時に北海道新聞社にパートナーになってもらい、この事業を通じてリージョンズの知名度もあがりました。

ふたりの優秀な「企業力を超えた人材」が、リージョンズにもたらしたものとは??

佐藤: この対談のテーマ的に、私たちは企業力を超える人材…ということらしいのですが、どうでしょうかね、辻井さん?

辻井: 客観的にみたらそうじゃないですか?(笑) 正直なところ佐藤さんはなんでリージョンズを選んだのですか?

佐藤: それは本当に純粋な興味関心。面白そうかな、と

辻井: 私も同じで直観。何か面白そうだなと。恐らく北海道内で誰もが知っているような名前が知られている会社に内定をもらっても行かなかったと思います。それなら東京の大企業にいく。リージョンズはいろいろなことにチャレンジできそうなのがよかったです。

佐藤: そうですよね。ここでの仕事のやりがいは、大きな会社によくあるようなしがらみに捕らわれず、意思決定ができる。なぜそうかといえば、規模・風土の両方があるけどトップの高岡に近いところで仕事ができていることがあると思います。大企業だとその間に2人、3人、4人と入るけどここにはそれがありません。高岡も意見を言ってもらうことを望んでいる。飲み会の中で重要事項が決まることもありますよね(笑)

辻井: 私からみて、佐藤さんがすごいと思うのは、宇都宮という拠点を立ち上げて軌道にのせたこと。縁もゆかりもないところに乗り込み、メンバーがいないところから始まって。今年5年目で過去の累積債務もなくした。全ては佐藤さんが築いてきたお客さんとの信頼関係だと思います。時間をかけてそれを作っていった。それと意思決定ボードの中でもとにかく発言がいつも冷静で的確。バランスが取れている。高岡さんも迷ったときは最後に必ず佐藤さんに意見を求めますよね。

佐藤: 感情の起伏があまりないので…。喜んだり悲しんだりあまりない(笑) 逆に私から見た辻井さんの会社への貢献でいうと、最初に作ったパワーポイントの資料のインパクトがとにかく大きかったです。例えば応募者のエントリーからの決定率がどうなっているのか。元々データとしては存在していたけど誰も見てこなかった数字を、見える形で示してくれました。

辻井: エントリーからの決定率も、男女別、年齢などカテゴライズして数字化しました。

佐藤: 辻井さんが出してくれた数字から、社内のKPIが作られていきました。極端を言うとそれまで営業目標達成の打ち手は「とにかくがんばる!」しかありませんでした。辻井さんのおかげで何に注力して頑張ればいいのかが会社として初めてわかった。それにより生産性があがりましたし、先々の予測が立つようになりました。これは辻井さんが入社したからこそ生まれた環境です。

辻井: いつかはそういう環境になったと思うけど、スピードは早められたかもしれませんね。

佐藤: 会社の成長スピードに影響があったと思います。

辻井: 入社して2週間くらいまではまだ暇だったので。いろいろな数字を引っ張ってきてほぼ趣味で資料をつくったんです。

リージョンズで感じる働きがい。そしてリージョンズの次のステージに向けたふたりの想いとは?

辻井: リージョンズでの働きがいってどういうことだと思いますか?

佐藤: 飽きることがない、ということですね。常に新しいことが起こっていて、その中で自分が主役になれる。自ら変化を起こせる。それを繰り返してきました。おそらくこれからも。だから飽きずに取り組み続けられるし、刺激的です。変なルールもないし。会社の成長に自分が役に立っている実感があります。いい意味でも悪い意味でも自分の意思決定が会社全体の業績に大きな影響を与える。宇都宮も拠点としてはこれまで相当苦労したので、今後は利益を上げて返していきたいと思います。辻井さんは?

辻井: こういうことをしたら会社が成長するだろうなということは、たいていやらせてくれるところですね。自分にとっても会社にとってもチャレンジする機会が多い。前職の時は、「扱う数字が大きければ大きいほど社会への影響力がある仕事をしている」という価値観もありました。5兆円企業のコストを3000億円下げるみたいな。ここにあるのはそういう価値観ではありません。自分が何かを作り上げている感覚がすごく大きい。ただ自分としてはまだまだ貢献度やスピード感に対しては全然物足りません。4年半前に入社した自分にいまの自分の姿はまだ見せられない。

佐藤: 来期の全社的なテーマは『イノベーション』。これまでの10年間の常識にとらわれないような、ビジネスモデル自体を変えていくような転換期になります。これから2、3年で売上が5倍・10倍になってもおかしくない。新しいものをもう一度自分たちで作りだすというフェーズに突入するし、そこに自分も積極的に関わっていきたいです。

辻井: そうですよね。大事にしたいことは会社の規模ではなくて存在感。特定の領域で圧倒的な存在感を持つ会社になりたいです。例えば地方に転職するなら「リージョナルスタイル」。そういうニーズがある人の中では、圧倒的な知名度・ブランドがある会社になりたい。早いうちに、そこまで会社をもっていきたいです。

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