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INTERVIEW vol.1

社員対談:創業期からのベテラン社員・福澤謙二郎 × 2016年4月に新卒入社の新人社員・寺島法子

2008年に創業したリージョンズ。現在は従業員も30人に迫り、さらなる成長に向けて躍進する会社も、創業当初は社長の突然の入院、売上が立たない日々など、そこには新人が知らない様々な苦労がありました。会社を草創期から支えその成長の過程を体験してきた福澤に、新人社員の寺島がインタビュー。
リージョンズが大切に受け継いできたもの、成長のために変えてきたこと。そこには様々な姿が浮かび上がってきます。
※取材日 2018年1月10日

福澤 謙二郎

執行役員 北海道カンパニー長
2009年12月入社

社長の高岡とは20年来の付き合い。高岡からの誘いで東京から故郷の札幌へUターン転職。人一倍の責任感の強さでリージョンズを草創期から支えた古参の一人。会社の売上への貢献度の高さは、まさに会社の大黒柱。趣味はドラム演奏、加圧トレーニング、ボクシング。

寺島 法子

キャリアコンサルタント
2016年4月入社

札幌市出身。北海学園大学を卒業後、新卒でリージョンズに入社。そのきっかけは会社説明会での福澤との出会いだった。現在は一人前のキャリアコンサルタントを目指して奮闘中。趣味は読書、観劇、温泉旅行。

2009年、夏。休日出勤した日の1通のメール。
中華料理屋でビールを飲みながら会社に誘われる。

寺島: 福澤さんの入社は2009年12月、リージョンズ設立の翌年ですよね。どういう経緯でリージョンズに入りましたか?

福澤: 社長の高岡とは元々リクルート北海道支社時代からの先輩・後輩。2009年の夏くらいに休日出勤して働いていたら、「あなたのために席を空けているので」というメールが来てびっくりしたんだよね。当時はリクルートエージェントにいたんだけど。いつだったかな、その前に新橋の中華屋さんに呼び出されて、いきなり事業計画書を渡され、ビールを飲みながらプレされて「どう思う?」みたいなこともあって。もともと高岡とは1~2か月に1回は飲む間柄だったんです。

寺島: 中華屋での飲みの席でも会社に誘われました?

福澤: 明確に「どう?一緒にやらない?」というような話はその時はなくて、高岡さんのプレには「いいじゃないですか?」みたいに曖昧に答えて(笑) 一緒にいた渡辺康二郎(現・東北カンパニー長)はその時期に独立を考え始めていたようで、熱心に聞いていたけどね。ただ、自分の中ではいつか高岡さんと働きたいという気持ちはあった。

寺島: 福澤さんが加わることは高岡さんにとって既定路線でした?

福澤: それは分からないけど、リクルートエージェントを勧めてくれたのも高岡さんだったので、自分にとっては縁がある人。恩人というか、自分のキャリアをナビゲートしてくれる人という位置づけかな。

寺島: 高岡さんからのメールがきっかけで前の会社を辞めることにしたんですか?

福澤: ちょうどその年はリーマンショックだった。リクルートエージェントでは早期退職制度が発動されたので、申し込もうと思っていたんですよね。そのタイミングで「一緒に来い!」「行きます」となった感じ。寺島さんはなぜリージョンズに入ろうと思ったんだっけ?

寺島: 福澤さんは忘れていますが、きっかけは福澤さんですよ(笑) 私たちの母校北海学園大学には、卒業生が学校に来て会社の話をしてくれる機会がありました。リージョンズを知ったのはその場。私は3年生の時から就職活動を熱心にしていましたが、その時は人材業界については全く何も知りませんでした。ただ自分が大切にしている考え方は、「知らないものは知ってから好き嫌いを判断しよう。食わず嫌いをしないようにしよう」ということ。そこにいたのが福澤さん(笑) 他の会社は30分の会社説明の間に自分たちの話しかしませんが、福澤さんはリージョンズについて最初に5分話しただけで、あとは就職活動をどういう風にしたら後悔しないかについて、私たちの目線で話をしてくれました。そのように相手に寄り添うことがリージョンズの仕事なんだなと分かって興味を持ちました。

有効求人倍率0.4の北海道。
資金ショート目前で、売上があがらず背水の陣の日々

寺島: 福澤さんが入社した創業2年目のリージョンズって、草創期ならではの大変なことはありましたか?

福澤: そうですね、私が入社を決めた後、まだ実際に入社する直前の2009年11月1日に、佐藤照昭(現・北関東カンパニー長)たちが入社した翌日に、社長の高岡が倒れて2週間入院しちゃったという衝撃のことがあって。まだ数人の会社で。入った次の日から社長がいないんだよ。佐藤照昭たちはベンチャー企業の強烈な洗礼を浴びたと思います。

寺島: 過労ですかね…?

福澤: 高岡は借金して社員を増やしていて、プレッシャーもあったと思うんだよね。私が売上をあげないと、高岡は私に給料を払えない。規模が小さい会社ならではの究極の状態です。

寺島: 大勝負ですよね。その頃は福澤さんにとっては何が大変でした?

福澤: とにかく売上があがらないこと。自分自身も入社して12月、1月、2月と3か月連続で売上ゼロ。この頃は体が反り返る日々が続いた、って高岡が言っていました。2月ごろに経理をやっていた佐藤照昭から「高岡さん、このままだともうすぐ資金ショートしますよ」という話があって、意を決して「給料を下げてくれ。即戦力として雇ってもらったのにあまりにふがいないので」と相談をした。そしたら高岡は、「お前は自分の責任から逃げるのか!」と。「給料は絶対に下げない!一緒に頑張ろう!」と言ってくれて…。それで3月に初受注があがって、そこから会社としても立て続けに受注があり、なんとか資金ショートを免れた。入金をはやめてもらうようにクライアントにも交渉をして。それでなんとか食いつないだ。

寺島: 当時はまだ数人だったんですよね?

福澤: そうだね、5人です。

寺島: 会社に悲壮感はありましたか?

福澤: 特に無かったと思う。やるしかなかったからね。騒いでもどうにもならないし。資金繰りの手段もいろいろあるし、潰れることはないだろうとは思っていた。けど、12月から仕込んできたものが3月に実を結んで、本当によかった。そこからは自分自身の売上数字も順調で、その日から今日まで売上を上げられなかった月は、1回だけ。波はあるけど、毎月受注がある状態をつくれた。ほかのみんなも頑張って、会社は今日に至っています。

寺島: 最初の頃に苦労していたのはなぜだったんですか??

福澤: なんといっても当時はリーマンショックの影響で不景気だったし、求人を見つけてくるのがとにかく大変だった。そんな状況だから新規開拓をしなきゃと考えていても、多くの会社は募集をしていない。ましてや、高い手数料を払って採用するなんて考えていない企業ばかり。そこに営業電話をするのが億劫になってしまい、なかなか営業がはかどっていなかった。そうしたら高岡はそんな私たちを一喝。「名刺に『コンサルタント』なんて書いているから、お前らは営業しないんだ!」と怒りだして、名刺の肩書を全員「営業」に変えさせられたこともあった(笑)。いつのまにか元に戻りましたが。

寺島: そんなことがあったんですね…。

福澤: でもそのくらい企業から求人をとってくることが大事だった。不景気で仕事を探している人は多いので、いい求人があれば会社の売上につながる。当時の有効求人倍率が全国で0.51。北海道が0.40、札幌は0.36。そんな時にこのビジネスを立ち上げた高岡さんって改めてすごいと思う。

寺島: 人手不足が騒がれている今からでは考えられない状況ですよね。

福澤: 「ハローワークに出せばタダなのに、お前らは紹介料で35%もとるのか」とお客様にはよく言われたし、リージョンズに入ると決めた時にリクルートエージェントの同僚からは、「札幌でそのビジネスは成立しないと思うよ?」と言われたよ。もちろん自分はできると思っていたし、高岡さんを信じていたけどね。でもやっぱり案件開拓は苦労した。

寺島: その時の福澤さんたち苦労があって、今があるんですね。

会社を成長させるための衝突。
10年の歴史の中で変わったこと、そして変わらないこととは?

寺島: 創業して10年が経ちますが、当時と比べて会社が変わったことってありますか?

福澤: 変わったことでいうと、2013年に辻井(現・経営企画室長)が入ってから会社が変わったと思っている。それまでは個人プレーヤーの集まりという感じだったけど、「人と企業の永続的な成長に貢献する」という経営理念に沿って、みんなが長く働ける企業になるために、仕組みを変えてきたこところがあるよね。特に人事制度や福利厚生がしっかりとした組織になっていった。創業期メンバーだけの会社ではなく、みんなの会社だという意識が浸透していったし、高岡さんの意識も変化してきて成長の志向性がより強くなった。会社として明確に違うフェーズへと突入した。あとはダイバーシティが進んで、多様性が溢れる会社になった。そのきっかけが辻井の入社だった。

寺島: 福澤さんもだいぶ丸くなったと聞きましたけど…(笑) 入社したての辻井さんが外にお昼ご飯を食べに行こうとしたら、「お前余裕だな、俺はそんな余裕ねえよ」と言われたって聞きましたよ(笑)

福澤: それで言うと、私が入社する時に相談した人が3人いるんだけど、そのうちの1人から「ベンチャーに行くからには、自分の給料の3倍を稼ぐ覚悟がないといけない」と言われたんだよね。自分の役割はとにかく1番売って会社を安定させること。そのために安くない給料をもらっていたし、その責任感があった。だから結果としてそういう表現になったのかもしれない。「やらなきゃいけない」という想いが強すぎて、ぎすぎすしていたかもしれないね。確かに辻井が入ってきてけっこう衝突したこともあった。もっと売上をあげて会社の体力をつけないといけない、のんびりしている余裕はうちにはないと思っていたしね。

寺島: 売上数字が自分より大きい人にモノを申すな、という空気があったって本当ですか?今からは信じられないですけど。

福澤: 当時はリクルート出身者がほとんどで、数字が全てという考えがあった。高岡もそういう組織を変えようとして、「他からもいろんな血を入れたい」と、リクルート出身者の採用をストップした時期があった。それで辻井が入ってきたんだけど、辻井が言い続けていたのは「この仕事の本質として、社員間で自由に意見を言えないと、企業と応募者の良いマッチングが成立しない。自由闊達に会話ができる空気が、会社の成長に直結する」ということ。若手や育成中の社員の声も、ベテランや社長に届くようにしようと。それで私にも柔らかくなることをしつこく求め続けてきたよね。当時の会社の雰囲気だと若いメンバーがついてこない、これからは新卒もはいってくるし、って。

寺島: そして福澤さんも変わった。

福澤: そうだね、みんなが働きやすいように辻井が社内の体制を整備している間に、自分は会社のために稼げばいいし、それだけではなく、自分の経験してきたことをメンバーに教えて売ってもらえば会社がもっと成長する。自分の意識もそういう風に変わったよね。

寺島: 逆に創業当初から変わらないことって何でしょうか?

福澤: 変わらないものは、高岡の想いというか、フィロソフィ。生真面目さかな。あとは営業魂。今でも覚えているのが、現在当社の最大顧客の一つである某企業との出会い。ある焼肉屋の宴席で、その時にたまたま横のテーブルで食事をしていたのがその会社の社長さん。高岡は何年も前に1度顔を見ただけの方だったのに、「○○社長ですか、高岡です」と声をかけて、そこから取引につなげた。そのくらい営業にアンテナを張っていた。俺らは普通に酔っぱらってバカ騒ぎして焼肉を食べていたのに、「ちょっと俺、行ってくるわ」と営業に行って。そのくらい高岡は社長に会って話すことに一番のプライオリティをもってやっている。リージョンズに入社するということは、営業ができるというのが今でも第一条件。キャリアコンサルタントというと耳障りがいいけど、まずは足腰を鍛えないと。それは大手の外資系コンサルティングファームからきても同じ。そういうことで言うと、変わらないことは営業魂かな。

週1のミーティング、月1のコンパ、年1の合宿…。
世代間のつながりを作る仕組みとは?

福澤: 変わらないことは営業魂というのは、昨年新卒で入った寺島からはどう感じる?

寺島: 私としても今は売上をあげるのが第一だなという気持ちがあります。ただ売上をあげるまでのプロセスは、福澤さんからアドバイスをもらったり、みんなで話し合ったり。議論が活発になっていると感じます。それは前からそうだったわけではなく、今日の話を聞いてみんなで少しずつ変えてきたんだなということが分かりました。キャリアコンサルタントは個人商売だと聞いていたし、ミッションの達成に向けては一人で戦わないといけない部分も大きいけど、それだけではなくて、支え合いながらチームとして戦えています。例えば若手で週に1度集まって、先輩社員の方や福澤さんとミーティングをしています。だから一人で全部やってこいという感じではないのが安心です。

福澤: ほったらかしにはしないよね。教育係がいるし、誰にでもお互いに質問ができるし、そういう風通しのよさがある。過去新卒で3人が入ったけど、つまらない人間関係に悩むこともない。お局さんからのいびりとか、上司からのパワハラとか。そういう無駄なことに悩むことはないというのは、これから入ってくる人にも約束ができる。もし悩むようなことがあれば、直接その人に言えばいい。「今の、パワハラですよ」って。(笑)

寺島: 他の会社で勤めたことがないので分からないけど、大学時代の友達のそういう話を聞くと、リージョンズは違うなと感じます。分からないことや、気になっていることをすぐに相談しやすいです。

福澤: そう思ってもらえるといいけれど。

寺島: はい。そういえば昨年9月のニセコ合宿も楽しかったです。社員旅行も兼ねていて、北海道、東北、北関東から社員が大集合して。最初に笑って全てを忘れてからということで、1日目は『R-1グランプリ』と銘打ったお笑い対決と懇親会。翌日は朝8時~夕方5時半まで、営業のことや、フィロソフィ、高岡さんのビジョン共有まで、がっつり研修をしましたよね。社員間のコミュニケーションのレベルをあげるとてもいい機会になったと思います。

福澤: 社内で行う月に1回のコンパも楽しいよね。いろいろ買ってきてオフィスの中に持ち込んで。あとはよく飲みにいくこともあるせいか、みんなお互いのプライベートのこともよく知っているよね。

寺島: いろんな機会で先輩から教えてもらう話の中に、大切なことが多いです。

福澤: 私たちの仕事って、人と企業をつなぐまでに時間がかかる。しかも転職という人生にかかわる重要なものを扱っている。企業からいただく金額も安くない。そういう状況の中で、人と企業のマッチングはすんなり進まないし、簡単には決まらない。転職希望者が応募して決まる率は15%~20%。失敗するほうが多い。だからそこにはノウハウが必要なんだよね。それは経験豊富なベテランが持っているし、若手に伝授していくのはベテランの仕事。そして若手はベテランからノウハウや魂を学んでいかないと。そういう理由もあって世代間のコミュニケーションは重要だと思う。自分たちに自身に十分なコミュニケーションがとれる力がないといけないよね。

寺島: 本当にそう思います。

福澤: それにドライな人間関係を好む人は、この仕事に向かないし、リージョンズにも向かない。仕事自体がウェットだからね。人の心を開いて転職理由を聞かないといけない、そうすると不安や不満とかのウェットなものがたくさんでてきて、それを受け止めないといけないから、ドライな態度ではつとまらない。人に興味をもっていないと、人が好きじゃないと。それに自己開示が苦手な人や、社員旅行や飲み会参加を嫌がるタイプの人も、当社には向かないと思う。正直、今の時代にはそぐわないと思うけれど、そういう密な関係をよしとしてくれる人にこそ、仲間になって欲しい。

寺島: それを福澤さんに言われたのをすごく覚えています。ドライにやっていたら、マッチングができずに売上が立たないって。

福澤: 人のイヤなものも見ないといけないからね。その覚悟を持てるかどうか。

寺島: 仕事は全部難しいです。対人なので。こうすればこうなる、というのがありません。転職希望の方に対しても、心の中で本当に何を思っているかまで聞きだす必要があるし、それは人によって異なります。表面の話だけを聞いてもマッチングしても、合わなくてすぐに辞めてしまう。ここまでやればOKという仕事ではないですよね。社長さんとも転職希望者とも会社の先輩や仲間とも、心からのコミュニケ―ションをして信頼構築をしないと仕事が成り立たない。自分のスキルをあげるためにどうしたらいいのかということを、福澤さんに鍛えてもらいながらもがいています。でもその分、人との信頼関係の作り方、コミュニケーションの仕方など、仕事で学んだことがそのまま自分の人生に生きてきます。

福澤: 「自分のあり方」をしっかりもっていないとつまらない仕事だよね。しんどいことこが多い仕事。「あり方」がないと流される。でもそれをちゃんと持っていると強いし、結果も伴う。22歳くらいの新卒の社員も正面から「あり方」を問われるからね。逆にそういう経験を日々することで成長が早いから、ほかの会社に入った大学時代の友だちが子どもに見える、と新卒入社の社員は皆言う。寺島さんも自分の「あり方」を持ち始めていると思う。これから伸びるのをいつも楽しみにしています。

寺島: ありがとうございます。頑張ります!!

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